子育てパパの成長日記

10歳の一人息子の子育てをしながら、日々気付いたことを書いていく日記です。脳梗塞を経験して、今は仕事と自宅の往復の中で無趣味の僕が楽しいことを見つけようとしています。

自分にとって適度な仕事の量ってどうなの?多い少ないのお話

僕は過去の転職話な中で、いろんな職種を経験してきたことがあること書いてきた。
最近よく話題に出ている、過労死とか、パワハラとか、今考えれば僕はこの一歩手前のところは経験している。こんな経験をしている人は多いんじゃないかな?

残業が多かったのは営業職の時。朝8時半に会社に行き、事務処理とルート営業で配達するものを揃えて10時ごろには車に乗り込む。一日に5〜8件の得意先を回る。最後に他社製品を使っているお客さんのところに飛び込みで営業する。営業所に帰ってくるのは7時を過ぎることが多い。そこから機材の片付けや伝票処理、見積もり作成、日報作成をしているとだいたい10時〜11時頃になってしまう。ちょっと仕事量が多いと終電を気にすることがよくあった。

ということは、残業時間は毎日5時間位。でも僕がいた会社では営業とは、営業手当が出ているので残業しても7時以降しか残業手当がつかなかった。毎日5時間位×月に20日出勤としてそれだけで100時間位残業をしていた。就業時間的には50時間くらいになっていたが・・・。

一番残業したのが、来季の目標をや営業戦略を書き込むコミットメントシート作成の日。
この日は営業やジムの女性まで遅く残って書き込んでいた。所長が「もう、いい加減帰ろう」と言い出してくれたのが夜中の2時。当然に電車はないので営業車で家まで帰った。それでも次の日、8時半には会社に出てきた。居眠り運転を推奨しているんでしょうか?


当時の僕は27歳。体力は全然あった。が、こんな生活をしていると土日は全く疲れて動くことができず、慢性疲労気味になってくる。とうとう体が悲鳴を上げる日が来てしまった。

電車に乗って会社に行くにも、気持ち悪くて会社までたどり着けない。体調不良が続く。

僕はこの会社で定年までやって行く前に病気になってしまう怖さがあって辞めることにした。
営業成績が悪いわけじゃないですからね。前の期間では目標達成してたからね。その代償が体調不良だったけど。

不動産の営業の時も80時間くらいは当たり前に残業してたっけ。定時後(そもそも営業には定時っていう概念ないけど)の6時過ぎからチラシまきや、新聞広告の印刷、お客さんが帰宅後に物件の話をしに訪問なんてざらにあった。営業職の人はみんなこんな感じで頑張っているのですよね。


自営業の時は朝から夕方まで不動産の仕事、夕方から居酒屋の買い出しや注文、開店準備。夜は居酒屋のホールで閉店の12時まで働いた。当然に体は痩せて行ったっけ。

こんな経験をしてばっかりだったから、僕の望む仕事は普通に定時まで働いて、夜は家族と一緒の時間を過ごせる職種を探して今に至っている。

今の会社で入ったばかりの時は、僕をOJTしてくれた職人気質の怖い先輩からの恐ろしい怒られや上司のパワハラまがいの無茶振りの仕事も家族のためと思って耐えてくることができた。

パワハラまがいの上司は当然、他の人からも見られていたので、部下への扱いがひどいと見られたのか、関西方面へ飛ばされて行った。我慢してよかった〜。怖い先輩は今では愛のムチだと思っている。精神的にキツかったけどね。だって教え方が昔気質の人だから「あれをこっちへ持ってこい。」とか、全ての指示が抽象的すぎて分からなかった。当時の僕の出た愚痴は「僕はあんたの女房じゃない。あれじゃわかんない。」だったっけ。

だから、僕が班長となって部下を持った期間は若手に丁寧に何回でも分かるまで教えてあげていた。お陰で僕が教えた部下は上手く仕事がこなせて周りとも良い関係を保てている。でも、それは僕の評価にはならないんだよなぁ。損な役回りだなぁ。

今は出向中で、かなり暇だけど、あと1年ちょっとで戻るから自分の担当以外も手伝ってあげたいけど、どこまで手を出していいのか分からない。最近はモヤモヤとした時間を会社で過ごすようになってしまった。それに加えて、気まぐれな女性陣の無視攻撃は今も続いている。

家族がいなかったらとっくに別な行動を起こしていたんだろうなぁ。異動願とかね。