子育てパパの成長日記

10歳の一人息子の子育てをしながら、日々気付いたことを書いていく日記です。脳梗塞を経験して、今は仕事と自宅の往復の中で無趣味の僕が楽しいことを見つけようとしています。

転職経験7回の僕の体験話その4

1年留年で三流大卒の僕は24歳の時点で既に3回目の職探しをすることになった。

まず、職を探すにも、その間は無職なのでハローワークに相談に行った。

前の会社で、入社したら条件を間違えられたということを、書面を見せて説明した。対応してくれたハローワークの職員さんも「これはひどいね。」と言ってくれた。すぐに失業手当の手続きをしましょうと言ってくれた。本来、失業手当をもらえるまで90日間の待機期間が必要だそうだが、僕の場合は30日後から手当を支給してもらえるようになった。

僕のハローワーク通いの日が始まった。幸い、自宅からそう遠くないので、2日おきに通ってくまなく求人情報をチェックした。他にも自宅では転職サイトを毎日チェックして、週末には新聞の求人広告も欠かさず目を通した。

そんな日々が2ヶ月近く経つ頃に、一つ目に止まった求人があった。公益法人の事務職員、シフト制で24時間対応する電話のオペレーターだった。これだと思い、すぐに申し込んだ。そして早速面接となった。

ハローワークには意外とこういった公益法人、官公庁系の求人がたまに出るので、希望している人はチェックして見てはいかがでしょうか。人気があるから希望者がすぐに申し込んでくるので、求人期間はとても短いから要注意ですよ。

面接当日、僕はいつも通りに面接を受けた。面接官からは「この若さで転職が多いね。でも苦労をしてきたみたいだね。うちには長く勤めてもらえるかい?」と聞かれ、僕は「もう転職活動は懲り懲りです。早く安定して気持ちを落ち着かせたいです。」と素直な気持ちを話した。

2日後、内定の電話がかかってきた。涙が出るほど嬉しかった。学生の頃は、希望する仕事に就いて、やりたい仕事をして、たくさん稼ぐんだ!なんて実力もないのに世間知らずな希望だけは持っていたが、今の僕には、仕事があるだけで有難いと思うようになっていた。

この職探しの2ヶ月間は、ほとんど友達や彼女に会っていなかった。それだけ真剣に仕事に対して考えた時期だった。

3社目の転職活動は終了。晴れて僕は公益法人の職員となった。身分は普通に会社員だけど、準公務員みたいな感じで安定はしていたし、入社してから良いなと感じたのは、職場の雰囲気が何かに追われるように仕事をしていなく、のんびりしていることだった。

日勤と夜勤を繰り返して行くシフトで、勤務時間はしっかり週40時間あるが、夜勤の勤務時間が長いので夜勤は2日分の勤務時間になる。出勤ベースで行くと月の半分くらいしか出勤しなくて良いので、自由な時間が相当あった。

この時間を利用して、僕は簿記3級とファイナンシャルプランナーの資格の勉強をした。そして、スポーツクラブにも通い、友達とゴルフも良く行くようになった。プライベートがとても充実していた。

以前の会社でとても苦労したので、この職場は天国のように感じた。

そんな日々が3年続いた頃に、僕の中に気持ちの変化が出てきた。

続く。