子育てパパの成長日記

10歳の一人息子の子育てをしながら、日々気付いたことを書いていく日記です。脳梗塞を経験して、今は仕事と自宅の往復の中で無趣味の僕が楽しいことを見つけようとしています。

脳梗塞から4年経って今は元気に見えるけど日常は後遺症と向き合う毎日

36歳の時に脳梗塞になってから今まで

今の僕は見た感じだけだと、普通の健康の人に見える。言葉も普通に話すし、手足の不自由もない。でも、後遺症は少しあるんです。しかも、今も毎日その後遺症が出ないように予防をしている。いつ後遺症が出るか怖く感じているから。

 

大きくは2点。まず、異変を感じて病院に行くきっかけとなった視野狭窄という症状です。朝、起きた時から視界の一部が見えていない状態で、初めは目やにでもついているのかと思って、目を擦ってみたけど変化がなく右目で見ても、左目で見ても見え方が同じで目の症状ではないとすぐに分かった。すぐに分かる変化だったから、おかげですぐに病院の救急外来に行けた。

 

視野狭窄は入院しても治るものではない。入院は脳に詰まった血栓を薬で溶かして治療するだけ。血栓が詰まった部分が私の場合は視野狭窄という症状に表れた。脳の麻痺で口や手足が動かなくなっていたら、僕の人生は大きく変わっていただろうと思う。不幸中の幸いだった。残った後遺症の視野狭窄は視界の4分の1程度。日常生活には不自由しない視界で済んだ。スポーツをするときはちょっとキツイかも。球技だと左の方からボールが飛んできたり、人が接近してきたら気づくのが遅れてぶつかるかもしれない。だから、あまりスポーツはやらなくなった。

 

もう1点は眩しい光を極端に嫌うようになった。眩しい屋外にしばらくいると気持ち悪くなってきてしまう。朝の通勤時間は、まだ朝日が低い位置にあって視界にもろに飛び込んでくる。退院直後はそれがまだ後遺症の症状だと気がつかなかったので、たびたび具合が悪くなるのが病院の先生にも分からなかった。今ではサングラスを持ち歩き、快晴の時は帽子も被っている。完全に怪しい人みたいだけど、自分を守る手段としてだから、今更変えようがない。

 

視野狭窄の人が運転をすることって判断基準がない

視野狭窄と眩しさに弱くなったという症状は、日常の生活では気をつけることができる。では車の運転はどうだろう。現状は土日だけだが車の運転は問題なくできている。眩しいのはサングラスをして運転しているので問題ない。さらに眩しい時用にクリップ型のサングラスレンズを車に入れている。サングラスを2重にしているのだ。

 

視野狭窄の問題だが、僕の場合は左側が4分の1見えない。運転席から正面を見てギリギリサイドミラーが見えない。だから、頻繁に左側を見るようにして運転している。見えなくなる前よりも逆に運転に慎重になったかもしれない。今でも普通にアルファードを運転して車庫入れも全く問題なく出来ている。会社には視野狭窄の件を言ったことで、会社内での運転物の免許は取り消された。仕方のないことだと思っている。会社への車通勤も出来なくなった。病気になる少し前から、たまたまバス通勤に変えたので偶然にも車通勤禁止という処置はされなかったが、申請しても通らないだろうなぁ。

 

病院の先生からも視野狭窄の僕の運転については明確な答えはなかった。運転するなとは言わなかった。多分、僕は7割は見えているので、世間には片目で運転している人見るからそこまで言えないのだと思う。

 

自分の後遺症を十分に理解して周りにも理解してもらって生活するのが一番大事

運転をしないことに越したことはない。僕が入院してからすぐに妻は車の免許を取った。おかげで大分助かっている。これから中年になって段々と目が悪くなってきたら世間に迷惑をかける前に自分から運転を止めないといけないね。いつ具合が悪くなるかわからないし、会社の人もなんで僕が急に具合が悪くなるのか分かっていてくれていた方が安心だ。今では薬を毎日たくさん飲んでいて、薬は一生続くけど長生きして家族と長く一緒に居られるためと思えば、どうっていうことはない。健康管理を気をつけなければいけない40代になってしまったので、無理をしないでこの後遺症と付き合っていこう。

 

名医の図解 脳梗塞の予防・治療と生活のしかた

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